雲ノ平と高天原を巡る山旅 (前編)
「絶景山岳野営旅」 第三弾 雲ノ平と高天原を巡る山旅
「黒部の山賊」を読んで以来、いつかは行ってみたいと思っていた憧れの台地「雲の平」。
日本最後の秘境と呼ばれるその台地は北アルプスの名峰にぐるっと囲まれ、まるでそれらに見守られているかのような場所。標高およそ2500mから2700m、日本最高所にある溶岩台地。四方を百名山四座に囲まれ北に薬師岳、東に水晶岳、南に鷲羽岳、西に黒部五郎岳を見渡す。
一般的にどの登山口から雲ノ平を目指しても当日中にたどり着くのは難しいと言われるその台地についに行って参りました。そして今回の山旅の目的はあと二つ。
日本最奥の秘湯「高天原温泉」。
よほどの健脚者でなければ一泊以上の歩行を要する北アルプス南部の一番奥にあります。新穂高から双六小屋か三俣山荘で一泊して岩苔乗越を経由して2日。または高瀬ダムから北アルプス三大急登の一つであるブナ立尾根を登って裏銀座を通っても2日。天候や黒部川の水量条件が許せば折立から薬師沢小屋で一泊、大東新道を使って高天原までやはり二日。一般的に往復で4日かかります。そこまでしても行く価値がある秘境の温泉です。自分の足で歩きとおしてたどり着いた後に浸かる天然の温泉は言葉にならない感動と思い出を与えてくれます。
先月、三俣蓮華岳から双六岳へ向かう稜線上で薄雲の先に浮かぶ雄大な黒部五郎岳の頂稜と中の俣へと延びる稜線を初めて目にしたときの感動が脳裏に焼き付いてしまいました。シュンと尖った北アルプスの盟主槍ヶ岳とは対照的に雄大でたおやかな黒部五郎の雄姿に惚れてしまったわけです。僕の勝手なイメージですが槍ヶ岳は小言の多い神経質なお母さん、黒部五郎岳は懐の深い優しくときに厳しいお父さん。山ごとにキャラクターを付けるのが実は好きなんです。
今回のコースはこちら。
折立登山口から雲の平、高天原、黒部五郎岳を巡る2泊3日(予備日1日)。全行程50Kmの山旅です。
結果的に高天原に行くことができたのは道中で巡り合わせた方のおかげでした。その後黒部五郎小屋のキャンプ地での出会いなどあってめちゃめちゃ濃い、一生の思い出となった山旅となりました。人との出会いが一人山旅の一番の喜びだと改めて感じました。そんな3日間を綴って行こうと思います。
8月24日土曜日朝。有峰林道を経て折立へやって参りました。持ち主はすでに山に入っている車がずらり。折立の無料キャンプ場ではこれから登る準備をしている若者グループが十数名。これからみんなで登っていくんでしょう。
ここは無料ではあるけれども熊の目撃情報が多いところでもあります。前泊はやっぱり車中泊かな・・。
次から次へとやってくる大型バスからも登山者がたくさん降りて来ます。週末とあってまさに観光地ばりの人の賑わいを見せています。
見渡すと若者グループも多く見られますが中高年の山岳会グループの皆さんはさらに多いようです。山岳帽に名札を付けたグループが何組かいました。土曜日だから多いのかも知れませんがそれにしてもすごい人数です。
ピーク時じゃないけど6月末に行った燕岳の登山口、中房温泉口よりはるかに多い。太郎平小屋を目指すのはみんな同じでそこから薬師岳へ向かったり薬師沢へ向かったり黒部五郎へ向かったりと方々へ散って行くんでしょうね。
ではでは登山開始です。標高1350mの折立登山口。これからどんな旅が待っているのかワクワクしながら登って行きます。
おそらくテント泊装備の前を行くソロの方。スタート直後はザックの重さになかなか体が慣れません。太郎平小屋まではおよそ8Km。中間地点である三角点ベンチまでとりあえずウォーミングアップのつもりでゆっくり歩きます。ふくらはぎあたりがあったまってくれば体が有酸素運動モードと言いますか、つまり登山モードに入ってきます。
方々で朝の挨拶を交わしながら登って行きました。皆さん爽やかにおはようと返してくれます。山の挨拶ってほんとに気持ちいいです。
標高1700mを過ぎたころに現れるこの看板。「んちゃっ!」
出ました折立名物、5代目アラレちゃんです。ここで一旦スマホではなくデジカメで撮影すべくザックを下ろします。
今回のザック重量はおよそ20キロ。予備日を入れて3泊分の食糧と朝の冷え込み対策で冬用の衣類が入って重くなりました。水は補給ポイントごとに補充する計画で常に2L持ち歩いています。このモンベルのトレッキングパック55は表記55リットルですが3泊分でも入ります。余計なものを詰め込んでしまうと厳しいですが取捨選択の訓練にもなってます。僕にとって最高の山旅の相棒です。何よりシンプルで使いやすい。ザックの自重がちょっとあるけどその辺は己を鍛えます。
太郎平小屋は2300mちょっと。
1700m地点の中腹で20度を切ってきました。おそらく上はもっと下がるはず。最終日に登る黒部五郎岳は2840mでここより1000m以上も高いのでやっぱり防寒着は持ってきて正解だったかな。
カメラをしまっているとひとりのソロ登山女性が通り過ぎて行きました。挨拶を交わしてしばらく間をあけてから再び登り始めます。
三角ベンチでまた会ったのでまた挨拶をして今日の目的地を伺うとなんと雲の平だと仰ります。
実は僕は初日は無理せず太郎平小屋からすぐの薬師岳キャンプ場までのつもりだったので驚きました。初日から一気に雲の平まで行くのか。すごい人に出会ってしまった。そんな思いです。
しばらく話をしながら歩いて行きました。そして話の流れで一緒に雲ノ平まで行っちゃいましょうということに。
だ、大丈夫だろうか。行けるのだろうか、自分の体力で...。
振り返れば有峰ダムがあんな遠くに見えます。太郎平小屋まであと2.5Km。
彼女は過去にも雲ノ平に行ったことがあって経験上初日から行けると言います。
...実は今回の計画に高天原温泉は入っていませんでした。
一度雲ノ平まで行ってみて次の機会にその経験を参考にしてから改めて行こうと考えていました。
なので初日は薬師岳キャンプ場まで。二日目に雲ノ平経由で黒部五郎小屋。最終日に折立に戻る一周40Kmを予定していました。その距離なら前回の三俣山荘一泊二日で38Kmを歩けた経験から行ける自信がありました。
でも高天原まで入れて周回するとなるとさらに10Km増えます。全行程50Kmを3日間で回って折立まで戻るためには初日に雲ノ平まで行っておく必要がありました。まさにそれをやろうとしているのか。。
出来るのか、自分。
太郎平の美しい丘陵地帯を歩いて行きます。
日本最後の秘境、雲ノ平周回コースは3泊か4泊して距離を割ってゆっくり味わいながら歩くべき行程。でも今回僕に許される日程は基本的に2泊まで。次にいつ来れるかわからないとなると行けるものなら行っておきたいと思いました。
…いや、でもほんとに行けるだろうか。なんてぶつぶつと脳内で日程計算しながら太郎平小屋までの整備された美しい道を歩いて行きます。
太郎平小屋に到着しました。
彼女の言った通り標準コースタイムを1時間以上も巻いて3時間弱で着きました。こんな早くにすぐそこの薬師岳キャンプ場に行って明日の朝まで休息するのも勿体ないしまだまだ体力はほとんど消耗していませんでした。
ここから雲ノ平までコースタイムは6時間。たとえその通りだとしても夕方前には着く。
「一緒に行きましょう」
その一言に押されて行くことにしました。
ここへ明後日また戻ってくることを誓って。
沢を何本か渡り薬師沢小屋を目指して歩きます。実はロッククライミングがメインだと言う彼女の足取りは軽く、それでいて僕にとって早すぎる事もなくちょうどいいスピードです。10Km以上もの長丁場を誰かと話しながら山を歩くのは初めての経験でした。
あまり疲れてこないのが不思議で仕方なく、どんどん景色は移り変わっていきます。一人二人三人と抜いて行き薬師沢の透き通ったエメラルドの流れが下に見えました。30代の頃よく福井県九頭竜川の源流に硬調の竿を持って岩魚釣りに通っていましたがそこよりも遥かに透明で綺麗な沢です。そこからまたしばらく歩き「黒部の山賊」の中で河童が登場するカベッケが原を通過。どこからか「おーい」と聞こえたりしないかななんて小説の逸話を思い出しながら歩きます。
太郎平小屋から1時間半ほど歩いた頃、前方に赤い屋根が見えてきました。
折立登山口を出発してから5時間。薬師沢小屋に着きました。
薬師沢小屋に着いてまずその先の橋をチェックです。
なんか揺れそう...。
なんだか年季の入ってそうな吊り橋ですよね。
ちょっとだけ歩いてみました。やっぱりけっこう揺れます。
雲の平直登前に水分補給とエネルギー補給です。直登ルートはかなりキツイと評判です。小屋で15分ほど一休みします。
ぐいっと体に流し込んでチャージ完了。もう行くしかないって気になりました。
いざ雲ノ平へ出発!
吊り橋を渡り切ってから梯子で一旦沢に降ります。
小屋の手前で薬師沢は黒部川に合流してさらに流れは太くなります。
あまりに綺麗な沢なので手を浸してみたくなりました。すごく冷たい。澄んだ緑の空気と澄んだ川の流れに癒されます。
いよいよ直登開始です!
かつて経験したことのない急な斜面をこれでもかというほど登って行きます。20キロのザックを担いでこの急斜面。
雨で濡れていたらかなりやばいことになる道ですね。
岩という岩をよじ登り、木の根に掴まって這い上がります。
いつまで続くのかこの岩の道...。
永遠と登っていくとやがて空が開けてきました。
なんだか天空の城ラピュタでパズーが龍の巣を抜けたときのシーンを思い出しました。そんな感じです。キッツい急坂を永遠登り続けてたどり着いた憧れの溶岩台地の端。
シラビソ林に囲まれた一帯に出ました。
ついに雲ノ平に着いたようです。
綿毛になった稚児車(チングルマ)が出迎えてくれました。
何という景色。
言葉になりません。
ここはほんとに日本なんでしょうか。
それに不思議と薬師沢小屋を出てから誰ひとりとしてすれ違わないし誰とも会いませんでした。
広大な台地にそよぐ風の音と木道を歩く足音だけの世界。
こんな贅沢な時間、あっていいのだろうか。
ほんとなら今頃薬師岳キャンプ場で時間を持て余していたかもしれない。
今回は為せば成りました。たまたまかもしれないけど。
結果オーライです。
ちょっとハードだったけどほんとに初日に来れてしまった。
一人だったらまず無理でした。経験者と一緒に歩くってやっぱり違いますね。
そして夢にまで見た雲の平山荘の赤い屋根がいま目の前にあります。
来てしまった。
憧れの地の真ん中に。
彼女は山荘泊。ここが今日のゴールです。ここまで導いてくれた御礼を告げて別れました。初日にここまで来る勇気をくれた背中に心から感謝しました。
雲の平のキャンプ場は山荘から南東方向の祖父岳(じいだけ)に向かって20分ほど歩いた先にあります。
キャンプの受付と雲の平山荘記念バッチを購入。小屋の中はビール片手に談笑する人たちで賑わっていました。やっぱり小屋の中はあったかい。いつかまたここに来るなら小屋泊してみたいです。
小屋に向かって手を振ってキャンプ場へ。
今日の素晴らしい出来事に感謝しながら手を振りました。
草原の中を祖父岳方面へと続く木道が延々と続いています。
南西方向に黒部五郎岳です。きっと明後日にはあの頂きに立っているはず。
山荘がどんどんと小さくなっていきます。
今年は当たり年だったという花後のコバイケイソウの黄色い葉の海が一斉に風にそよぎます。
憧れの風景を歩く今回の山旅目的の一つ、コンプリートです。
水晶・三俣方面への分岐からすぐ先がキャンプ場です。
東を向けば目の前に水晶岳。
かっちょいい。
さあ今夜の寝床を探しに行こう。
周りのテン場よりも少し上の方に張りました。
テント全部の広さではなく自分が横たわるスペースだけ平らなサイトです。
山のテント場に多くは求めてないのでそれで十分です。
水場の近くの水溜りでビールを冷やします。
顔を洗ってプラティパスに水を汲みます。いや~冷たい。
この水、まじで美味しい。まったく雑味がないです。
ビールは5分も浸せば十分なほどにキンキンに冷えました。プラティパスに汲んだ水もご覧の通り無色透明に透き通ってます。北アルプスの天然水ですね。
ぱらぱらと水を汲みに人が上がって来ます。すると一人の男性に水場の場所を聞かれました。
すぐそこですよと答えると、
「あ、ほんとですね。どうも!」
なんか気持ちいいやり取りです。憧れの雲ノ平でキャンプ。きっとみんなそれぞれに憧れを持ってやって来たんでしょうね。
こんなに旨い一番搾りは初めてです。
雲の平に乾杯!
ここにいるみなさんに乾杯!
今晩の夕食はカレーです。代り映えのないメニューですみません..。
トッピングにナッツ。高カロリー仕立てですね。
いっぱい歩いたもんね。
ちょっと硬めだったかな。
いただきますっ!
食後は白ワインで一杯。
歩き疲れてもう眠くなってきました。
明日は高天原温泉。またたくさん歩くのでもう寝ます。
おやすみなさい。
後編へつづく